古絵葉書「明治天皇御大葬 鹵簿實寫繪はがき(東京部)」②

前回の続きです。
若林獨立軒発行の絵葉書のご紹介です。
明治天皇御大喪桃山6
明治天皇御大喪(東京部)7
明治天皇御大喪(東京部)8
明治天皇御大喪(東京部)9
明治天皇御大喪(東京部)10
明治天皇御大喪(東京部)12

これで「明治天皇御大葬 鹵簿實寫繪はがき(東京部)」のご紹介を終わります。

そろそろ、鍼灸院らしい記事も書かないといけませんね(笑)

大阪府豊中市の若林鍼灸院HP

古絵葉書「明治天皇御大葬 鹵簿實寫繪はがき(東京部)」①

古絵葉書シリーズの二回目は、明治天皇が崩御された際の葬列を撮影したものです。
東京で撮影されたものと、京都の桃山で撮影されたものがあります。
今回は、東京編の一部をご紹介します。
タイトルにある「鹵簿」とは「ろぼ」と読み、天皇陛下や皇族の方々の行列のことです。

若林獨立軒製版所發行
明治天皇御大喪(東京部)宛名
明治天皇御大喪(東京部)1
明治天皇御大喪(東京部)2
明治天皇御大喪(東京部)4
明治天皇御大喪(東京部)5 

絵葉書の枠の左下に「謹寫團體若林謹製」と袋に「若林獨立軒製版所發行」とあります。
私の祖母に確認したところ、「(祖母の)祖父が明治天皇の大喪の礼を撮影したと聞いたことがある。」と申しておりました。

因みに写真の順番は、ランダムに紹介しております。
次回は御大葬の東京編の残りをアップロードします。

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古絵葉書の紹介

当院の以前の屋号は「獨立軒若林鍼灸院」を使用しておりました。
ただ長すぎるし、厳めしいイメージがあるので、現在は「獨立軒」を外し、「若林鍼灸院」として営業しております。

この「獨立軒」とは、私の祖母の祖父(名前は「若林耕化(耕七)」)が大阪市西区京町堀で営んでいた写真館の名称です。

写真館では、コロタイプ(写真印刷)を早い段階から取り入れ、写真の他に絵葉書などを発行しておりました。

これから数回に渡り、私の手許にある獨立軒が撮影し印刷した絵葉書をご紹介したいと思います。
(たまたま絵葉書のデータが欲しい方がいらっしゃったので、スキャナーで取り込みました。せっかくなのでブログでもご紹介します。)

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