祖父のこと

新年早々におめでたくない話です。
この記事は読み飛ばしていただいて結構です。

7日に祖父が急逝しました。
94歳でした。
新年3日に、入居して間もない老人ホームで転倒して大腿骨を骨折。
夜中にトイレに行こうとして、転んだようです。
老人ホームは床がフラットで廊下には手すりもあるのですが、室内には掴まるところが少なく、祖父には案外歩きにくかったようです。
今までは古い日本家屋に住んでいたので、狭い空間で段差や障害物だらけでバリアフリーには程遠い環境でしたが、歩く際には掴まるところが多くて、祖父には良かったのかもしれません。
骨折した箇所を固定する手術を5日に行い、術後はとても元気で、6日には意欲的にリハビリを行っていました。
しかし7日に急変し、心停止。
一時は蘇生し、状態は安定したものの、その日の晩に亡くなってしまいました。
心停止から蘇生した後に、脈診をしたのですが、いつもの祖父とは全く異なる脈状でした。
血圧も安定し、自発呼吸もあったのですが、意識不明で瞳孔の対光反射は失われていたので、回復の見込みは薄いとわかりつつも、一般の患者さんならば鍼をすることを断りますが、孫としては諦められないので隠れて祖父に鍼をしました(刺さない接触するだけの鍼をしました。何の変化も起きませんでした)。
そもそも祖父は、若い頃に肺結核で片方の肺を失い、更に残った片方の肺も肺気腫で機能が低下している状態でした。
呼吸器の専門医曰く「理論的には動けるはずがない」ほどの血中の酸素濃度だったのですが、祖父は酸素吸入もせずに94歳まで普通に日常生活を送っていました。
おそらく酸素が少ない状況下で、絶妙に体のバランスが保たれていたのでしょう。
西洋医学の「肺」と中国医学の「肺」の概念の違いや、中国医学でいう「五蔵(臓)六府(腑)」のバランスがうまく保たれていれば、西洋医学での致命的な欠陥をカバーできる可能性を、祖父が教えてくれたように思います。
余談が長くなっちゃいましたが、昨日が告別式でした。
94歳の大往生なのですが、36年間も一緒にいたので、使い古された表現ですが心にポッカリと穴があいたような感じがします。
今朝もローバー・ミニで往診に向かいながら、この車で病院や買い物に連れていったこともあったなぁ~とか、ミニをカッコイイと褒めてくれていたことなどを思い出しました。
祖父がスバル360に乗っていたこと、スバルでスイミングスクールに送ってくれたこと、坂道発進でたまに下がって怖かったことなどが頭に浮かんできました。
祖父は戦前に外国語学校で中国語を学び、紡績会社に就職し、中国や内モンゴルへ赴任していました。
戦後も仕事で何度も中国に渡航していました。
リタイヤした後は、一般の方に中国語を教えたり、中国残留孤児の方への支援に取り組んでいました。
鍼灸師になって、中国語の文献に触れる機会も増えたので、祖父に中国語を教えて貰えば良かったな、と今頃後悔しています。
でも身内に指導を受けると、反発してしまい、きっとうまくいかなかったでしょうけど(笑)

し、しまった!鍼灸院のブログだということを忘れて、脈絡もなく長々と身内の事を書いてしまいました。
辛気臭い話ですいませんでした。

大阪府豊中市の若林鍼灸院HP

良く動き、温かく、柔らかく、しなやかなに

先日、私の身内で不幸がありました。
94歳の祖母が亡くなりました。
以前から入院しており、医師からは覚悟をしておくように告げられていました。
「そろそろ、危ないかもしれない。」と病院から連絡をいただき、家族で駆けつけました。
あえぎながらも呼吸があり、体も温かく感じました。
危険な状況ながらもまだ多少は安定しているように感じられたので、支度を整える為に一旦帰宅しました。
今まで一度も、鍼をしたことがなかったので、亡くなる前に接触するだけの鍼をしてあげようと思い、
鍼道具も持っていく予定でした。
長く老人ホームや病院にいたので、祖母も私が鍼灸師をしていることを知らないでしょうし、今の仕事を見せたかったのです。
しかしながら、帰宅している間に、亡くなってしまいました。
再度、駆けつけた時は、既に呼吸も心拍も止まっていましたが、温かい状態でした。
それが徐々に冷たくなっていきました。
看護師さんや家族がいない間に、鍼は使わず素手で、少しだけ頭と肩に鍼をする真似をしました。
肩には服の上から散鍼という手技の真似事をやりましたが、徐々に硬くなっていくのが分かりました。
動かなくなって、冷たくなって、硬くなる。
亡くなるとはこういう事かと手の感触で理解しました。
逆に生きているとは、良く動き、温かく、柔らかくしなやかであることなんだと感じました。
中国医学では、死ぬということは、人体を動かしていた気が外に散逸してまうことであり、死後の世界は想定されていません。
私自身が消えてなくなることを想像しただけでも、怖くて怖くてたまりませんが、その日まで自分の人生どう生きるか、改めて考える機会を、亡くなった祖母に与えてもらいました。

若林鍼灸院HP(大阪府豊中市)